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高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、簡単に説明しますと、交通事故などによる脳外傷や脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳血管障害、低酸素脳症などによって、脳の機能を損傷し、怒りっぽくなったり、無気力になったり、記憶力の低下や作業を同時に進めることが出来ない、何かに強くこだわり過ぎる等、今まで見られなかった症状が残存する後遺障害です。
交通事故での損害賠償の分野では、通常、脳外傷後の高次脳機能障害が問題になりますが、最近では、重い意識障害を伴わないような脳震盪などでも、この高次脳機能障が発生することが分かってきています。
以前は、頭部外傷後、治療先の医療機関から退院した後、家庭や職場に戻ってきてから、高次脳機能障害の影響により、無気力になってしまっていたり、物忘れが多くなってしまっているにもかかわらず、一見、健常者と変わらず、周囲から見過ごされやすい障害のため、周囲の人達からの理解を得られず、また、適切な補償(賠償)も受けられないという問題が在りました。
このような背景事情から、2000年頃から、損害保険料率算出機構において、見過ごされやすい高次脳機能障害の残存した被害者を可及的に救済すべく、高次脳機能障害認定システムが確立され、2001年度より、実施、運営されています。その後、何度か高次脳機能障を認定するシステム(方法)の見直しが行われています。
もっとも、このようなシステムの出来上がった現在におきましても、後述のとおり、高次脳機能障に関する後遺障害診断書の記載内容や、治療経過途中や症状固定時での必要な検査の実施に関する重要性は全く変わりが無く、相手方の任意保険会社や自賠責調査事務所がサポートしてくれる訳でもありませんので、被害者側で、主体的に高次脳機能障害の立証を行う必要があります。
しかしながら、この高次脳機能障害の立証は、後遺障害一般の中でも、特に専門性が高く相手方の任意保険会社側から、高次脳機能障害の残存を否定するための、様々な反論が出されるため、出来れば高次脳機能障害に精通した弁護士にご相談や事件処理をご依頼される方が無難です。
高次脳機能障害を疑うべき脳外傷
高次脳機能障は、頭蓋骨骨折等の骨傷が無くとも、頭部を強打する等して、次の脳外傷の診断がなされている場合は、残存してしまう可能性がありますので、注意が必要です。
- 頭蓋内血腫、硬膜外血腫、急性(慢性)硬膜下血腫、びまん性軸索損傷、脳挫傷等
また、頭部や顔面部に衝撃を受け、意識を失ったり、ボーとするなど意識障害のみられた被害者の方に関しましても、高次脳機能障害の残存しうる脳外傷の発生している可能性が考えられると思います。その場合は、念のため、頭部外傷に詳しい脳神経外科医の診察を受けていただく方が良いと考えます。
高次脳機能障害の症状について
高次脳機能障害には、次のような症状が現れますが、全ての症状が現れるわけではなく、脳の損傷した箇所や被害者の方それぞれによって、症状のあらわれ方は様々です。
記憶障害
- やったことや言ったことを覚えていない。
- 同じ話を何度もする。
- 人の名前が覚えられない。
- 言われたことを忘れてしまう。
- どこに物を置いたか忘れてしまう。
注意障害
- 作業をやり遂げるなど、集中力が続かない。
- 同時並行的に作業が出来ない。
- 必要なものが探せない。
- 騒音の有るところで会話に集中したり、アナウンスに集中することが出来ない。
遂行機能障害
- 片付けや仕事を効率よく処理できない。
- 状況に応じて、計画の変更や手順を省略するなど臨機応変な対応ができない。
- 柔軟な思考が出来ない。
- 考える前に行動してします。
社会的行動障害
- 自発的に行動できない、無気力になる、言われないと動けない。
- イライラした気分になり、急に怒りを爆発させる。
- 怒った後は、急に何事もなかったように振る舞い、周囲の者を困惑させる。
- 相手の気持ちや意図を察したり共感できなくなる。
- 子供っぽくなり、他人への依存が強くなる。
- こだわりが強くなり、柔軟性がなくなる。
- 融通が利かなくなり、臨機応変な行動が苦手になる。
その他の障害について
- 自分自身の高次脳機能障害の存在に気づけない。
- 疲れやすい。
- 気分が沈んだり、何もやる気が起こらない等、抑うつ状態となる。
高次脳機能障害の残存に関する評価方法
交通事故で問題となる高次脳機能障害は、一般的には、脳外傷を原因とするものですので、この脳外傷の発生を証明することが必要となります。
その際に、
- 脳外傷が確認できる画像所見
及び - 脳外傷からの意識障害の所見
が重要な資料となります。
通常、この①画像所見、②意識障害の所見の二つが揃うことによって、交通事故と受傷との間の因果関係に問題が見られなければ、被害者の方が、交通事故によって、脳外傷を負ったとの事実認定がなされます。
その次に、問題となる脳外傷により、記憶力の低下等どのような精神面の障害(4つの能力の低下)が発生しているか評価がなされることとなります。以下、被害者側にて、理解しておくべきことについて、ご説明させていただきます。
画像所見について
脳の損傷状況が、画像によって、確認できるか否かは非常に重要です。
画像上、確認が出来ない場合は、自賠責保険において、後遺障害の残存を否定される可能性があり、自賠責保険で無事、等級認定されたとしても、相手方の任意保険会社から、高次脳機能障害の残存について、強く争われることが予想されます。
脳の損傷状況は、CT検査画像、又はMRI検査画像で確認を行います。通常、事故発生時に頭部を強打している場合は、救急搬送先の医療機関で、頭部のCT検査を受けておられることが多いと予想されますが、CT検査画像よりも、MRI検査画像の方が、微小な脳内の出血痕などを把握できるため、受傷後、数日内に頭部のMRI検査を受けていただくことをお勧め致します。
また、脳が一定程度損傷した場合、脳の萎縮が現れ、この脳委縮は受傷後、3カ月程度で完成することが知られていますので、事故発生から3カ月後以降に、再度、頭部のMRI検査、またはCT検査を受けていただく方が無難です。
なお、事故から相当時間が経過した段階で、ご相談に来られた方の場合、MRI検査を一度も受けたことがないという方もおられます。
そのような場合におきましても、MRI検査におきまして、過去の出血痕を把握できる可能性がありますので、検査を受けていただくことをお勧めします。
もっとも、MRI検査画像の読影に関しては、脳外傷の痕跡の読影に精通された医師にご依頼される方が無難です(※専門分野の関係で、放射線科や脳神経外科の医師におかれましても、びまん性軸索損傷等の脳外傷の読影に慣れておられない方がおられ、微小な出血痕を気づけない医師もおられます。)。
そのため、高次脳機能障害に精通した弁護士に上記の画像所見について、一度ご相談いただく方が無難です。
意識障害の所見について
高次脳機能障害は、意識障害を伴うような頭部外傷後に発生しやすいため、受傷直後に、意識障害の有無とその程度が重要な証拠となってきます。
ここで、意識障害とは、意識の全く失われた状態から、寝起きの時のようなボーとした状態など、幅広い意識の状態を意味しますので、意識を失った場合のみ意識障害があるという風には考えないでください。
一般的には、救急搬送先の医療機関において記録されている被害者の方の意識障害の情報を根拠資料として、後遺障害等級認定の手続きを行っていきます。
なお、受傷直後、意識障害があったにもかかわらず、まれに医療機関側で意識障害の記録が見当たらないときがあります。
その場合は、通常とは別の方法で、受傷直後に、意識障害があったことを立証する必要がありますが、この点に関しましても、高次脳機能障害に精通した弁護士にご相談していただいた方が無難です。
精神面の障害の評価方法(検査方法)について
上記の画像所見、及び意識障害の所見が確認されますと、被害者の方の脳外傷の立証は通常問題がありません。
次に、交通事故による脳外傷によって、どの程度の高次脳機能障害が残存したのかを立証するために、以下の①神経心理学的検査と②事故前後の日常生活状況の報告が必要となってきます。
- 神経心理学的検査について
一般的に以下の神経心理学的検査が必要となってきますが、医療機関によっては、検査が出来ない場合があります。検査が出来ない場合は、高次脳機能障害は残存していないという認定結果もあり得、また自賠責調査事務所が、代わりに検査を実施してくれる訳でもありません。
そのため、出来れば事前に医療機関に確認を行った上で、検査可能な医療機関において、後述の労災基準での4つの能力の評価が出来る、以下のような各種神経心理学的検査を受けていただくことが必要となります。
(1)MMSE検査
(2)WMS-R検査
(3)WAIS-Ⅲ検査
(4)トレイルメイキングテスト
(5)D-CAT検査 - 事故前後の日常生活状況の報告について
事故後の被害者の方の日常生活が、事故前とどのように変化しているか立証を行うために、一般的には、被害者の方のご家族に、事故前後の日常生活状況の報告書を作成してもらいます。
書式は、自賠責保険専用のものがあります。この日常生活状況の報告の内容は、前述しました神経心理学的検査の結果と同様、非常に重要です。
通常、相手方の任意保険会社の担当者が、書類のひな形を交付してもらえると思いますが、書類作成前に、一度は高次脳機能障害に精通した弁護士にご相談していただくことをお勧め致します。
高次脳機能障害の後遺障害等級と判断基準について
交通事故での後遺障害の認定基準は、原則的に、労災保険の基準に準拠する取扱いとなっていますが、この高次脳機能障害については、自賠責保険独自の考え方も採用しているところがあります。
これは、交通事故の場合は、労災保険(労働災害)と異なり、被就労者の小児や高齢者が被害者として想定されているためです。
もっとも、自賠責保険での認定基準への該当性を判断する上では、労災保険での認定要素である4つの能力が相当考慮されているため、基本的には、この労災基準での4つの能力によって、自賠責保険の後遺障害等級の該当性を検討されていると考えてもらって差し支えはないと考えます。
労災基準について
労災保険での高次脳機能障害に関する認定基準では、高次脳機能を、
- 意思疎通能力(記名・記憶力、認知力、言語力等)
- 問題解決能力(理解力、判断力等)
- 作業負荷に対する持続力・持久力
- 社会行動能力(協調性等)
の4つの能力に区分し、これらの能力の喪失の程度を、(ア)のとおり、「障害なし」、及び「わずかに喪失」~「全部喪失」までの6段階で評価し、3級から14級までの等級格付け(認定)を行い、3級以上の被害者については、介護ないし監視の要否とその程度に応じて、1級から3級に等級格付け(認定)を行っています。
(ア)4つの能力の障害の程度(6段階の評価)について
- 多少の困難はあるが概ね自力で出来る(能力を「わずか」に喪失)
- 困難はあるが概ね自力で出来る(能力を「多少」喪失)
- 困難はあるが多少の援助があればできる(能力の「相当程度」を喪失)
- 困難はあるがかなりの援助があればできる(能力の「半分程度」を喪失)
- 困難が著しく大きい(能力の「大部分」を喪失)
- できない(能力の「全部」を喪失)
(イ)労災基準における高次脳機能障害等級認定基準について
第1級 | 「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身の回り処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」 |
第2級 | 「高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身の回り処理の動作について、随時介護を要するもの」 |
第3級 | 持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高次脳機能障害のため、労務に服することができないもの」 |
以下のⅰ.ⅱのいずれかが該当するもの。 ⅰ.4能力のいずれか1つ以上の能力が全部失われているもの ⅱ.4能力のいずれか2つ以上の能力の大部分が失われているもの |
|
第5級 | 「高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができないもの」 |
以下のⅰ.ⅱのいずれかが該当するもの。 ⅰ.4能力のいずれか1つの能力の大部分が失われているもの ⅱ.4能力のいずれか2つ以上の能力の半分程度が失われているもの |
|
第7級 | 「高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの」 |
以下のⅰ.ⅱのいずれかが該当するもの。 ⅰ.4能力のいずれか1つの能力の半分程度が失われているもの ⅱ.4能力のいずれか2つ以上の能力の相当程度が失われているもの |
|
第9級 | 「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」 |
ⅰ.4能力のいずれか1つの能力の相当程度が失われているもの | |
第12級 | 「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため、多少の障害を残すもの」 |
ⅰ.4能力のいずれか1つの能力が多少失われているもの | |
第14級 | 「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため、軽微な障害を残すもの |
ⅰ.MRI、CT等による他覚的所見は認められないものの、脳損傷のあることが医学的にみて合理的に推認でき、高次脳機能障害のためわずかな能力喪失が認められもの |
自賠責保険における高次脳機能障害等級認定基準について
自賠責保険における高次脳機能障害の等級認定基準は、前述の自賠責保険における高次脳機能障害認定システム(平成12年12月18日)において、「基本的な考え方」として以下の内容が定められています。
自賠責保険では、原則的に労災基準での4つの能力に関する低下の程度を基に、自賠責保険独自の判断要素も考慮し、等級認定がされているようです。
そして、脳外傷による精神障害の発症が確認できる場合は、1~9級の等級評価がされ、他方、精神障害の発症が確認できないものの、CT画像やMRI画像で、脳損傷の痕跡が確認できる場合は、12級が認定される取り扱いとなっています。
障害認定基準 | 補足的な考え方 | |
別表第1 |
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」 | 身体機能は残存しているが高度の痴呆が有るために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの |
別表第1 |
著しい障害を残し、随時介護を要するもの」 | 著しい判断力の低下や情動の不安定などが有って、一人で外出することが出来ず、日常生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的に排泄、食事などの活動を行うことが出来ても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことが出来ないもの |
別表第2 |
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」 | 自宅周辺を一人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。又声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの |
別表第2 |
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」 | 単純繰り返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助をかかすことができないもの |
別表第2 |
「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」 | 一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどの事から一般人と同等の作業を行うことが出来ないもの |
別表第2 |
「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの | 一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの |
高次脳機能障害の注意点
高次脳機能障害は、各種の後遺障害の中でも専門性が高いため、出来れば後遺障害に精通した弁護士に事前にご相談いただくことをお勧め致します。
また、脳神経外科の医師であれば、問題なく適切に高次脳機能障害を診断、評価していただけるのかというと、恐縮ですが、当職の経験では、問題の有ったケースを幾度か経験しておりますので、脳外傷に精通した医師の診察を受けていただく方が無難です。以下、簡単に注意点をまとめておきます。
画像所見の確保
①受傷直後、及び②受傷から3カ月経過した後に、頭部のMRI検査を受けてください。(CT検査では不十分と考えられます。MRI検査機器は、出来れば3テスラ程度の解像度の高い機器が良いです。)。
意識障害の記録
受傷後、主治医に意識障害の有無程度について、ご確認願います。
脳外傷に詳しい医療機関での治療、及び検査の実施
脳外傷に精通している、または理解のある主治医かどうかご確認願います(MRI検査画像上の微小出血痕を見過ごしたり、高次脳機能障害が残存しているのにも関わらず、残存していないと評価(「後遺症なし等」)する医師もおられます。)。
精神面に関する適切な検査の実施
前述の各種神経心理学的検査が実施可能かどうかご確認願います。
相手方保険会社から賠償額の提示があった後も、専門家にご相談願います
特に、高次脳機能障の後遺障害等級が適切に評価されているかどうか、専門家にご相談された方が無難です。また、それぞれの損害費目の内容や過失割合を検討する必要があります。
当事務所のご紹介
当事務所では、高次脳機能障の案件につきまして、現在までに多数のご依頼をいただき、基本的に後遺障害診断時(症状固定時)の医師面談をさせていただきます。
また、示談交渉、ないし訴訟対応によって、適切な解決に導いてきた実績があり、高次脳機能障害に関して、精通した弁護士であることを自負しております。
また、治療途中や後遺障害診断前(症状固定前)の方には、脳外傷に精通した脳神経外科医のご紹介もさせていただいておりますので、是非、お気軽にお問い合わせいただければと思います。
参考文献
- 山口三千夫氏著、損保・労災の認定のための頭部外傷入門
- 高野真人氏ら著、後遺障害等級認定と裁判実務
- 先崎章氏著、脳外傷の高次脳機能障害-リハビリテーション現場の臨床医の立場から-
- 橋本圭司氏著、高次脳機能障害がわかる本
- 自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会著、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)
- 埼玉県高次脳機能障害者支援センター著、高次脳機能障害の理解と支援のために