交通死亡事故の賠償請求にも消滅時効があります

消滅時効とは

消滅時効とは、一定の期間が経過することによって、損害賠償請求権など、法律上の請求権が、消滅し、権利行使できなくなる制度のことを言います。

他方、一定期間の経過、一定の条件の具備によって、権利を取得できる“取得時効”という制度も民法上規定されていますが、本項では、“消滅時効”を中心にご説明させていただきます。

この消滅時効という制度は、加害者側にとっては、請求されなくなるという効果がある一方、被害者の立場からすると、一切の請求が出来なくなる可能性が有り、法律の専門家である弁護士におきましても、過去、ご依頼を受けていた案件の請求権を消滅時効にかからしめてしまい、懲戒を受けたというようなケースも散見されますため、注意が必要です。

もっとも、消滅時効を正しく理解し、きちんとしたスケジューリングを行えば、損害賠償請求権が消滅時効にかかるような事態は防止できます。

交通事故で問題となる消滅時効について

不法行為に基づく損害賠償請求権とその消滅時効について

交通事故によって、被害を受けた場合、通常、加害者に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条、710条等)を行使し、治療費の支払や休業損害金、入通院・後遺障害、死亡に関する各慰謝料請求を行っていきます。

そのため、一般的には、交通事故で問題となる消滅時効は、この不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の生じる時期を確認していくことが必要となります。

民法改正前の消滅時効期間について

民事上の私人間の法律関係を規定する法律である民法は、明治29年に制定され、その後、若干の修正があったもの約120年もの期間、運用されていました。

しかしながら、古い民法の規定のままでは不都合が生じる場面があり、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間についても、被害者の権利保障上短すぎるといった問題がありました。

そのような理由から、特に財産に関する規定の大きな見直しがされ、平成29年に新しい民法が制定されることとなり、この改正後の民法は、令和2年4月1日から施行されることとなりました。

改正前の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、

  1. 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間
  2. 不法行為の時から20年間


と規定されていました(改正前民法724条)。

民法改正後の消滅時効期間について

前述の民法改正前の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は短すぎ、債権者(被害者)の権利保障に弱いという趣旨から、民法改正によって、生命・身体の侵害による損害賠償請求権に関しては、 ①“被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間”に延長されることとなりました(改正法724の2)。

なお、“②不法行為の時から20年間”については改正前と同じです。

また、“生命・身体の侵害による損害”に限定し、物的損害については従前どおりの消滅時効期間3年であることにも注意が必要です。

民法改正施行日(令和2年4月1日)以前の交通事故への適用について

前述のとおり、改正後の民法は、令和2年4月1日から施行されますので、この日以降に発生した交通事故での請求について適用されることとなります。

そして、改正民法の施行日の前に、既に消滅時効期間(3年)が経過している請求権の場合は、上記改正後の消滅時効期間5年は適用されません。

他方、施行日において、まだ、改正前の消滅時効期間(3年)が経過していない請求権の場合は、改正後の期間5年が適用されることとなります。

死亡事故事案の消滅時効について

死亡事故の場合、生命・身体の侵害による損害賠償請求権に該当しますので、消滅時効期間5年が適用されることとなります。

そして、死亡の結果が発生した日から5年を経過することによって、損害賠償請求権の消滅時効が完成してしまいますので(請求出来なくなりますので)、5年を経過する前に、後述のとおり、消滅時効を中断させるために、加害者に対して、賠償請求を行うことが必要となります。

他方、ひき逃げ事件のように加害者が不明の場合は、死亡の結果が発生していたとしても、加害者が特定されるまで、消滅時効は進行しません(この場合、死亡の結果が発生し、加害者不明のまま20年を経過した場合は、残念ながら、賠償請求権が消滅することとなります〔改正法724条〕。)。

なお、この消滅時効期間5年は、5年内に裁判を終了させるとか、示談を成立させる必要があるというものではありません。また、後述のとおり、加害者ないしその保険会社が、治療費を支払ってくれたり、一定の損害賠償債務のあることを認めた時点から、起算することとなります。

【具体例】

  1. 令和2年5月1日に交通事故が発生。
  2. 同年6月1日、被害者死亡→令和7年6月1日、消滅時効完成。

★但し、令和2年8月1日、加害者ないしその自動車保険会社が、治療費(慰謝料)の一部を支払った。→同日から再び消滅時効が進行していていくため、令和7年8月1日に消滅時効は完成することとなります。

★また、令和7年3月1日、加害者ないしその自動車保険会社から、一定の示談金を支払うとの回答があれば、同日から消滅時効は進行していきます。

受傷後、後遺症が残存しない事案の消滅時効について

交通事故発生から、5年を経過することによって、加害者に対する損害賠償請求権(治療費、入院費、休業損害、入通院慰謝料など)の消滅時効が完成し、請求が出来なくなります。

後遺症が残存した事案の消滅時効について

損害賠償実務上、後遺症が残存した場合は、その後遺症の診断日(症状固定日)から、消滅時効が進行するという取り扱いとなっています。

【具体例】

  1. 令和2年5月1日に交通事故が発生。
  2. 令和3年5月1日、症状固定→令和8年5月1日、消滅時効完成。

物損事故の消滅時効について

物損事故の損害については、生命・身体の侵害による損害賠償請求権に該当しませんので、消滅時効期間3年が適用されることとなります。

消滅時効の対策について

前述のとおり、損害賠償請求権は、起算日から3年ないし5年を経過することによって、消滅時効が完成し、請求が出来なくなってしまいます。

もっとも、以下の事実があれば、法律上消滅時効が中断し、その中断した日から再度、消滅時効が進行していくこととなります。

ア 債務の承認

交通事故で、加害者ないしその保険会社から、一定の示談金を支払う旨回答がなされていたり、治療費や慰謝料の一部が支払われている場合、これが、消滅時効の中断事由である、“債務の承認”に該当します。

そのため、その中断事由の発生した日から、消滅時効は進行していくこととなります。

加害者の保険会社側から、一括対応がなされている場合は、通常、その対応期間中、債務の承認がなされていると考えることが出来ると思います。

その他、慎重に手続きを進めたい場合は、加害者の保険会社から、“時効中断承認書”という書類を受領し、債務の承認があったことの証拠として残しておくケースもあります。

イ 裁判上の請求

他方、加害者が、被害者の方に大きな過失があるとして、一括対応をしてくれいないケースや、治療費、慰謝料の一部の支払いを拒絶している事案では、交通事故発生日、または、症状固定日から消滅時効が進行していきますので、注意が必要です。

この場合は、単なる賠償請求ではなく、訴え提起など、裁判手続による請求をしなくては、損害賠償請求権の消滅時効を中断させることが出来ません。

もっとも、裁判手続外の単なる請求(督促)の場合は、請求をしてから半年間、消滅時効の完成が猶予されることとなっていますが、この裁判手続外の請求は繰り返すことが出来ません。

ウ 協議を行う旨の合意による時効完成の猶予(改正法151条)

これは、改正民法によって、新たに規定された制度ですが、交通事故での損害賠償請求事案の場合、上記のア、イによって、消滅時効の完成が阻止されることになると思います。

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